
今年、私たちの町の中学校、今治市立玉川中学校は創立60周年を迎えました。現在まで約6000人に及ぶ卒業生が学舎を巣立ち、日本各地で、そして世界で活躍しています。全国でも中学校に同窓会があるというのは、とてもめずらしく、それだけ住民の中学校への思いが深いものだと想像します。
今回は、玉川中学校同窓会の現会長で、町内で株式会社 弘栄産業の代表取締役でもいらっしゃる越智弘和さんに玉川町や玉川中学校への思いなどを中心にお聞きしました。

中学時代は、委員長をしていました。中学1年生の時、東京オリンピックがあり、2年生の時に、中学校にもプールができました。それまでは、永代橋の下でよく泳いでいたものです。
また、柔道もしていました。小学校では畳を敷いて、練習をしていました。おかげで中学時代に体格もよかったです。


平成2年3月に同窓会総会をしてから、7月に同窓会誌「玉の和」を刊行しました。これがちょうど中学校創立35周年だったと記憶しています。
これは、ほんとうに大変な作業でしたが、これを作って、同窓生の住所など連絡先を整理したことが、後の事業などにとても役に経ちましたね。
そうですね。皆さんとても協力的でした。友だちにも声をかけてくれてね。
その後、平成6年に校訓碑を作ろうということになり、実行委員会が結成されます。校訓を刻んだ校訓碑を作ることに盛り上がりました。それで、平成7年8月に序幕式を行うことができました。中学校正面入り口、校門入って右側に立っている石碑です。「和す・磨く・結ぶ」が深く刻まれています。また同時期2代目の校旗も作りました。
それから、平成16年になって、学校創立50周年記念として、「統合の像」の建立をとの声があがりました。
平成17年1月16日には合併されて母校が玉川町立でなく、今治市立玉川中学校になる節目の年でした。第2回卒業生の武田勝重氏が当時中学2年生の時に制作された木造の「統合の像」を元にブロンズ像を建立して、統合の歴史と玉川町が合併することを記念としようと、実際には創立48年目であったのですが、前倒しで50周年記念事業として建立しました。


