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玉川めぐり隊

こんな玉川知らんかった~鈍川探訪~

9月18日(金曜日)前日の雨で順延になっていた「鈍川探訪」が開催されました。

「こんな玉川知らんかった」の冊子片手に、彼岸花がいたるところで咲いている鈍川の里山をのんびりテクテク。

順延になったことで参加人数が大幅に減りましたが、元気に鈍川小学校を出発です。

車で走ると見落としてしまう歴史にまつわる建物や史跡などを、青井三郎氏の解説で丁寧に見て回ります。

南北朝時代吉野山から落ち延びてきた、98代長慶天皇のお后や、王子が祀られているお墓、神社などを見て不運な天皇を偲びました。

去年、沢山の皆さんの足を鈍川に向かわせた、ワラシシのお化粧直しも始まっていました。


鷹が森城主越智駿河守のお墓に参り、お城があった山を眺めながら民話「蛇淵」の舞台となった鈍川保育所跡に移動です。

ふらっとほっとステーションでお弁当になりましたが、汗ばんだ体に川風がひんやりと気持ちよく、手入れの行き届いた施設に感心致しました。

定休日でも鍵を開けて、どなたにでもご利用できるようにお世話してくださる「ふれ愛茶屋」の皆さんに感謝です。
お弁当の後は先程見てきた蛇淵の民話の紙芝居を見て頂きました。

次は車で鬼原まで移動して落合橋、民話「はなかげさん」に出てくる岩やお墓を見て、最後の五人衆さんのお墓に向かいました。



何処までも続く青空と、彼岸花咲き乱れる田んぼの景色は、鈍川ならではの大切にしていきたい風景です。


参加してくださった方の感想は、小さい頃に何度も来た道で懐かしかったとか、祖父母が玉川出身でルーツを紐解くのによかったとか、又参加したい等、嬉しい感想を頂きました。
玉川町外からご参加下さった皆様へ次回のイベントのお誘いをして解散となりました。
ご参加くださった皆様に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
スクットと伸びて咲く彼岸花はまだまだ楽しめますよ。

「こんな玉川知らんかった」鈍川探訪ご案内

広報今治9月1日号でもお知らせしております「こんな玉川知らんかった」  鈍川探訪 を今月17日に開催します。締め切りは9月7日となっております。皆様ふるってご参加くださいますようご案内申し上げます。

と き 2015年9月17日㈭ 午前9時~午後2時
ところ 玉川町鈍川地域 集合場所 玉川鈍川運動公園 (旧鈍川小学校運動場)
内 容 ガイドブック「こんな玉川 知らんかった」を片手に、鈍川地域 を歩いて巡ります。
持参物 お弁当、水筒
※ガイドブックをお持ちの方は持参 してください。
定 員 20人(先着順) 参加費 1,000円(タオル代、保険料 などを含む)
申込期限 2015年9月7日
申込方法 郵便番号、住所、氏名(ふ りがな)、性別、生年月日、電話番 号を記入の上、ファクスまたはEメ ールでお申し込みください。
そのほか 申込者には、詳細を後日 郵送でお知らせします。
申込・問合先 NPO法人玉川サイコー ☎・FAX0898-39-1209 Eメール info@tamagawa-net.jp

五丈ケ滝を探して

立春を前に、有志で蒼社川の上流へ「五丈ケ滝」を探しに行きました。
がこうした体験が全く初めての女性陣は、長靴すら履いておらず・・・・・(涙)ちょっと甘くみておりました。

上流に向かって歩くのは大変でしたが、 道中は杉木立からの木漏れ日に感動したり・・・。

沢に降りると苔むした倒木から可愛い植物が生えていたり・・・・。

足を滑らせてドボンと川に落ちたりしながら・・・(≧∇≦)

頑張って歩きました。

私たちが読んだ資料には、高さが約24メートルと書いていましたが、ネットなどで調べると、15メートルだったり、今は7~8メートルになっているということだったり・・・。
だからこそ、自分たちの目で確かめたかったわけですけど・・・・・。

落差があまりない小さな滝は見つけましたが、結局五ケ滝には辿りつけませんした。

でも、あれじゃないかなぁという滝はありましたよ。

メンバー達は、初めての沢登りに、やみつきになりそう~~!!と。
ほんとかなぁ?
2日後くらいの筋肉痛が恐怖ですが(笑)

町内には、この五丈ヶ滝を有名な絵描きさんが足を運んで絵を描き、その掛け軸なども残っています。ぜひとも、1度見てみたいものです。

こちらは帰り際に見た「木洩れ日の滝」です。
何年間前に、玉川のボランティアグループと玉川中学生徒有志で掃除し、名前をつけました。

それにしても、やはり玉川は山と川ですね。町全体をフィールドとする町歩きのすすめを提案してみてもおもしろいかもしれません。長く玉川に住んでいても、まだまだ知らないこと、知らない所だらけです。奥が深いぞ!玉川。

千疋峠を歩く

少し前の話ですが、活性化の有志で、長慶天皇が鬼原、鈍川、千疋峠を通って楢原山に落ち延びたといわれるコースを 辿ってみました。
牛追い橋はありますが、乗っていた馬が斬られたとの地名「馬きり」は、はっきりとは分かりませんでした。
途中、こんなかわいい冬桜が咲いていて、感動しました。

また、少し行くとたわわに実った柿などが、いかにも里山の雰囲気をかもし出していて、 皆「やっぱりこんんなとこがええよねぇ」という声が。

でも、 イノシシやサルも渋柿はいらないようです(笑)
玉川地域活性化推進協議会が立てたピンクの看板を目印に、登山道に入ります。

途中鹿の糞があり、フンフンフ~ン鹿の糞などと口ずさみながら進みました。

長慶天皇が都を懐かしんであろう桜の古木は見ることはありませんでしたが、 源流の方達が植えた、桜やもみじが確実に育っていて、これからが楽しみです。

いつかウォーキングコースにいれたらいいと思いました。
しかし、一部崩れかかって、危険な箇所もあるので、整備が必要なようです。今は予算が無いようですが、ちゃんとした計画を立ててみて、要望できるようにならねばという話も出ました。
とても清々しい気持ちになれるウォーキングでした。ひとりでも多くの方々に知っていただき、健康作りに役立てたりする方法を考えていけるといいなぁと思います。

庄屋さんの柿

玉川の葛谷の庄屋さんの柿はとても有名です。
この柿は、民話にも出てくる柿で、鬼原、御厩(みまや)の庄屋さんの柿はもうありませんが、ここ葛谷の服藤さん宅の柿は今も実がなります。

棟瓦も立派な屋敷の奥にある高さ20mに余る老木です。


樹齢400年はあろうかと思われます。

服藤家23代当主の賢彦(まさひこ)氏に伺いました。

今治城築城のおり、人夫をたくさん出したお礼に藩主から賜ったものだそうです。

当時は、甘柿と渋柿が1本の木に実る大変珍しい木でした。

実がなったら地元の人たちに分け与えるように、しかし枝は1本たりとも折ってはならぬと厳しく言い伝えられてきました。

今もそのことは受け継がれており、盆栽を大きくしたように四方八方に伸びた枝は邪魔になるときもあるが、一切手を入れていません。

小さいころはたくさんの実がなり、近所の子らと柿の木にのぼって採ったものです。
今でも100個余りの実をつけますがほとんどが渋柿だそうです。

だんだん弱って、あちこちにつっかえ棒をしてもらい、あらん限りの力で実をつけている様は、胸にせまるものがありました。

木の側には、玉川町指定天然記念物の石碑がポツンと立っていました。

また、庄屋さんのお宅の屋根の棟瓦はとてもめずらしく、印象に残りました。
庄屋さんは、新しくするか直すかしたいけれど、なかなかしてくれる人がいなくて・・・と話されていました。

いや~、この古さがなんともいえず、いいですよね。また龍のめずらしいこと!
こうした職人技も、伝承していってほしいなぁと思いました。