三反地の墓地の六地蔵さんの所に庵寺があり、集会所も兼ねていたようです。庵住さんがいなくなり、
それを解体して、三島新宮神社の奥側に建て、集会所として使用していたそうです。
その庵住さんの墓は今も残っており、その位牌は宝蔵寺で祀られているそうです。
庵寺跡の上には、浄蓮寺があったそうで、それは日蓮宗で、今治に移されたそうです。
移されたとき、法華経8巻を山に埋めたそうです。
そこでは昭和30年代頃までは万燈場としていて、お盆には万燈で先祖の霊をお祀りしていたそうです。
現在は浄水場になっている。
庵寺跡の上には、浄蓮寺があったそうで、それは日蓮宗で、今治に移されたそうです。
移されたとき、法華経8巻を山に埋めたそうです。
そこでは昭和30年代頃までは万燈場としていて、お盆には万燈で先祖の霊をお祀りしていたそうです。
現在は浄水場になっている。
三反地の庄屋は、何回も変ったそうですが、桑原進氏の屋敷がそうだとのこと。
今も梨の古木が残っている。以前は柿の古木も残っていたが、道を広げるために切ったそうです。
桑原進氏の下の水路の下側の田に大きな岩があり、田を鋤くのに邪魔になるので、昭和10年頃、その岩を掘り出したところ、
かめが7・8個金製のイヤリングの様な物が出てきたそうです。
古墳ではないかと、埋めもどし、
その跡に祠をたてお祀りしてい
るそうです。
三反地には、そのほかにも田のなかなどに大きな岩があり、ひょっとしたら、古墳の石棺かもしれないとのことです。
桑原進氏にお聞きする。
青井 三郎