万葉の森(1) 植物園づくり

玉川町文化財専門委員会では、玉川総合公園内に『万葉集』に詠まれた植物を集めた公園「万葉植物園」づくりを進めています。
私たちが「万葉植物園」づくりを始める起点となったのは、平成七年の郊外研修で訪れた春日大社の「万葉植物園」にあったと思います。『万葉集』に多くの歌が詠まれている「歌のふるさと」の地に昭和七年に開園されたこの園は、日本の万葉植物園の草分け的な存在であります。
そして、「万葉植物園」づくりの最終の見極めをつけるべく、今年二月、私たちは郊外研修で兵庫県稲美町の「いなみ野万葉の森」を訪ねました。この万葉の森は稲美町政施行三十周年を記念する事業の一環として計画され、三箇年の継続事業で昭和六十三年五月に完成したものです。印南野で詠まれた万葉歌は三十一首あり、その万葉人の心を後世に伝えたいという町民の熱意によって誕生し、完成した万葉施設だと言えます。 春日大社の「万葉植物園」、稲美町の「いなみ野万葉の森」、この二つの万葉植物園には『万葉集』の「歌のふるさと」という強力な地盤があることが共通点です。 全国には五十以上の万葉施設がありますが、多少の差はあってもこうした『万葉集』ゆかりの地に作られている所が多くあります。
一方、『万葉集』に詠まれた歌は一首もないけれども、短歌や俳句などの文化活動が非常に盛んな地域では、自然景観を生かした公園づくりをしようということで、万葉植物園を造成したところもあります。その例として、ある町では町内の万葉植物六十種と他所から取り寄せた六十種を合わせ、百二十種類の植物が見られる万葉植物園を開園しています。万葉植物さえあれば、万葉施設は作れるというやりかたです。
玉川町では、『万葉集』に詠まれた歌は残念ながら見つかっていません。しかし、どこよりも多くの種類の植物があります。平成八年の調査では約百種類もの万葉植物の自生を確認しています。私たちの「万葉植物園」は、玉川町の自然の豊かさを生かし、万葉植物だけではなく、貴重な植物も保存できる植物園作りにしたいと考えています。
町内のいろいろな所に自生している植物を「万葉植物園」内に植栽していくのですが、植栽した箇所の地質が悪いと活着しない樹種もあり、場所選びが課題になっています。
今から一千三百年から一千六百年の昔に詠まれた万葉植物名が長年の間に姿を変えてきて、現在ではどのような標準和名になっているのか判断するのも困難な仕事の一つです。
また、他の万葉植物園に多く見られるように万葉植物に万葉歌と歌の解釈を書いた標柱を立てるだけではもの足りません。万葉人が万葉植物とどんな関わりを持っていたか、おそらく現代人より生活に植物を取り込んでいたことは想像できますが、「万葉植物園」でどんな学習をするかが大きな課題であり、最大の関心事です。

  1. ① サイカチ 万葉歌は一首 県内に自生はない。
    落葉高木で高さ十メートル以上。若芽は食用、豆果は去痰・利尿など薬用、豆果はサポニンを含み石鹸に代用できる。
  2. ② ホオノキ 万葉歌は二種
    町内の奥山に自生する落葉高木。版木・下駄の歯、刀の鞘はこれで作った。樹皮は健胃・利尿など薬用、若芽・若葉食用、大きな葉は食物をのせたり、包んだりするのに用いた。別名カシワ。