万葉の森(15) 植物園づくり

63 コウヤマキ [万葉名:まき(こうやまき科)]

真木の葉のしなふ勢能山しのはずて わが越え行けば木の葉知リけむ

小田事 巻三-291

杉、檜、槙が枝ぶりよく茂りたわむ背の山なのに、私はゆっくり賞美することもできずに越えて行く。だが木の葉はこの気持ちがわかってくれたであろうか。

小田事は伝不詳。背の山は和歌山県かつらぎ町、紀ノ川北岸の山で南岸は妹山。 まきは純粹な木、建築用材だけでなくすべての用途に応じて最適の樹木を指し、スギ、ヒノキ、コウヤマキ、イヌマキ等があげられますが、ここではコウヤマキを取り上げました。
コウヤマキは常緑の高木で、二本の葉がゆ合した濃緑の針葉が輪生状に集まっています。和歌山県の高野山に多く自生しているのでこの名があります。材は耐水性があり風呂桶として貴ばれ、古代は木棺として使用(古墳出土のものはほとんど)、建築用材等に、樹皮は 船・桶等の漏水防止に、仏前の供花(特に高野山)に用いられます。

75 シダレヤナギ [万葉名:やなぎ(やなぎ科)]

青柳の糸のくはしさ春風に 乱れぬい間に見せむ児もがも

作者不詳 巻+-1851

青々と芽吹いている柳の糸のこまやかな美しさよ。春風に乱れないうちに誰か見せてやる子がいればよいのに。

やなぎは梁木(やなに使う木)、矢柄(矢じり)からきている説があります。古くから春の景物として、またかずらにして枝を丸く輪にして頭に巻いたり載せたりしていたようです。
シダレヤナギは、古くに中国から渡来した雌雄異株の落葉高木で、張板、楊子等の器具材、箱材、下駄材に、枝条は粗朶編み、なわ、行李に、また庭木、街路樹に植栽します。

111 ニッポンタチバナ [万葉名:たちばな(みかん科)]

橘は実さへ花さヘ その葉さへ 枝に霜降れど いや常葉の樹

聖武天皇 巻六-1009

たちばなの木は実も花もめでたく、そしてその葉さへ、枝に霜が降ってもますます栄えるめでたい木である。

天平八年(七三六年)十一月、葛城王が臣籍に降って橘の姓を賜ったとき聖武天皇が詠んだ歌です。
たちばなの歌は六十九首で大部分(六十二首)が花たちばなとして詠まれています。万葉に詠まれているたちばなは古代のミカン類の総称です。ここでのニッポンタチバナ(タチバナ)はヤマトタチバナともいわれ、海岸に近い山地にまれに自生する常緑の小高木で実は香味料に、また葉と実は祭事、行事の飾りに用います。

180 ユズリハ [万葉名:ゆづるは(とうだいぐさ科)]

古に恋ふる鳥かもゆづるはの 柳井の上より嗚き渡り行く

弓削皇子 巻ニ-ーーー

昔の時代を恋い慕う鳥なのでありましょうか、鳥がゆずりはの側の井戸の上を鳴きながら大和の方へ飛び渡って行きます。

持続天皇が吉野宮に行幸した時、同行した弓削皇子(天武天皇第九皇子)が都に留まる額田王(鏡王の娘、早く大海人皇子に嫁す)に贈った歌です。 ユズリハは雌雄異株の常緑高木で、葉は厚く滑らかで長さ十五~二十㎝とやや大きい。古い葉は三年越しで新葉と入れ代わり、新葉が出てきて古い葉が落ちるので子が成長して親が譲る意昧でゆずりはと言い、めでたいものとして正月の飾りに用います。材は器具材、箱材、漆器木地に、葉には有毒アルカロイドを含み食べると呼吸麻痺などの重い中毒を起こします。朝鮮では枝葉を薬用にします。庭木として植えます。