磯の上に生ふるあしびを手折らめど 見すべき君がありと言わなくに
大来皇女 巻ニ-166
岩のほとりに生えているあせびを手折ろうとしてみるけれど、これを見せることのできる君がこの世にいるとは世の人の誰もが言ってくれないではないか。
この歌は天武天皇の皇女大来(大伯)皇女が弟の大津皇子が刑死した後、伊勢(斎宮)から帰京するときに詠んだ歌です。
アセビは乾燥した山地に生えている常緑の低木で、成長はやや遅いです。よく分枝し、早春枝先に多数の白色でつぼ状の花をつけます。葉、特に若葉にアセボトキシンという毒素を含み、馬がこの葉を食べると足がしびれ中毒して動けなくなるので、馬酔木の名があります。庭木とするほか、葉の煎汁は菜園殺虫剤、家畜の虫を殺す効果があります。花にもアセボトキシン類があり有毒です。材は皮付のまま床柱、木像がんなどの細工物として用いられます。
君なくはなそ身装はむ櫛笥なる つげの小櫛も取らむとも思はず
播磨娘子 巻九-1777
あなた様がいらっしやらなくては、何でこの身を飾りましょうか、くし箱のつげの小ぐしさえ手に取ろうとも思いません。
この歌は播磨国守石川君子が任を解かれ、養老四年(七二〇年)都に帰るときに播磨娘子(姫路近在の民家の娘か、またはあそびめ)が贈った歌です。
つげにはツゲ(ホンツゲ、つげ科)とイヌツゲがありますが、ここではイヌツゲを取り上げました。
イヌツゲは常緑の低木または小高木で、葉は互生します。材は器具材(工具の柄、木釘、算盤の玉、くし等)、玩具、印判、下駄等に、じん皮は鳥もちの原料に、また庭園樹、生垣等に使用されます。
わが屋戸に黄変つかへるで見るごとに 妹をかけつつ恋ひぬ日はなし
大伴田村大嬢 巻八-1623
私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて恋しく思わない日はありません。
この歌は田村大嬢(旅人の弟の子)が異母妹の坂上大嬢に贈った姉妹間の恋の歌です。
かへるでは葉の形がかえるの前肢に似ているからの名で、イロハカエデのほかにヤマモミジ、オオモミジを指しています。
カエデ類は指物、鏡板、特にバイオリン背板に賞用、器具材、寄木細工、玩具、彫刻、木型等に用いられます。
わが門のえの実もり食む百千鳥 千鳥は来れど君そ来まさぬ
作者不詳 巻十六-3872
我が家の門口のえのきの実をもぐように食べつくすむれ鳥、むれ鳥はいっぱいやって来るけれど、肝心な君はいっこうにおいでになりませぬ。
エノキは人による栽植の最も古い歴史を持っており、縁起のよい木、霊木として尊ばれ神社の境内等て大木が見られる落葉高木です。ケヤキに似ていますが葉の形、葉脈の数(少ない)等で区別できます。材がケヤキに似ているので代用として家具材に、トネリコの代用としてラケットの枠材に利用しますが、材質はやや劣り雑用材、薪炭、きのこ栽培の原木に用いられます。実と葉は食用になります。なお、実はこの歌にあるように野馬が好み、餌料木になります。