雁(かり)がねの 寒く嗚きしゆ 水茎の 岡の葛葉は 色づきにけり
作者不詳 巻十-2208
万葉集中 二十一首
「水茎の」は岡にかかる枕詞。
「雁が寒々と鳴いてくるようになってから、岡のくずの葉は目立って赤く色づいたものですよ」
根からとる粉は葛餅、葛湯、干した葛根は解熱の漢方薬になります。万葉人に秋の七草として愛されたクズですが、旺盛な繁殖力のため、林業家にとっては強害草として嫌われています。
君がため 山田の沢(さは)に 惠具採むと 雪消(ゆきげ)の水に 裳(も)の裾(すそ)濡れぬ
作者不詳 巻十-1839
万葉集中 二首
「あなたのために、山田の沢でゑぐを摘もうとして裳の裾が濡れましたよ」
クログワイは池・沼・溝などに群生する多年草で、茎の高さ40~70cm、秋、地下茎の先端に塊茎をつけます。これが黒いのでくろぐわいといいます。この塊茎を食用にします。
秋さらば 写しもせむと わが蒔(ま)きし 韓藍(からあい)の花を 誰か採みけむ
作者不詳 巻七-1362
万葉集中 四首
「秋になったら写し染めにでもしようと私が蒔いておいたケイトウの花を誰が摘んだのだろう」
ケイトウは一年草、夏秋の候、赤または黄の花を観賞、染料(写し染)。若葉を食用にします。原産はインド、万葉時代には既に渡来していました。
蓮葉(はちすは)は かくこそあるもの 意吉麿(おきまろ)が 家にあるものは 芋の葉にあらし
長意吉麿(ながのおきまろ) 巻十六-3826
万葉集中 一首
蓮の葉は食器の代用として物を盛るのに用いられていました。この歌は宴席で、大皿の代わりに蓮の大きな葉に食物の盛られているのを見て作った戯歌とされています。
「蓮の葉というものは、なるほどこのようなものであるよ。意吉麿の家にあるのはどうやら似てはいるが違っていて芋の葉であるらしい」
蓮の葉を美女にたとえ、似てはいるが全く違う芋の葉を自分の妻にたとえた歌です。
皇祖神(すめがみ)の 神の宮人(みやひと) 冬薯蕷葛(ところつら)いや常(とこ)しくに われかへり見む
作者不詳 巻七-1133
万葉集中 二首
「歴代の天皇に仕えてきた大宮人のように、いついつまでも、わたしはこの吉野を忘れずやって来てこの景色を眺めよう」
トコロは山地に普通にみられる多年草で、根茎は肥厚して横にはい、まっすぐなもの、曲がるものなどがあり、ひげ根を出すが、ヤマノイモのような多肉根ではありません。根茎はきわめて苦いので食べられません。昔はこれから澱粉を取り食べたといわれますが、根茎からひげ根が出ているのを老人にたとえ、長寿のしるしとして野老といい、正月の飾り物の一つとして利用されていたことの方が奥ゆかしい。