万葉の森(11) 植物園づくり

49 カラタチ [万葉名:からたち(みかん科)]

からたちの茨刈り除け倉建てむ くそ遠くまれ櫛つくる刀自

忌部首 巻十六-3832

からたちの痛いばらをきれいに刈り取って米倉を建てようと思います。くそは遠くでやってくれよ、櫛作りのおばさんよ。

忌部首は黒麿か、天平時代(七四〇年~)図書寮の役人。戯笑歌。
カラタチは中国原産の落葉低木で古い時代に渡来、長さ一~四cmの刺があり、春葉の開く前に芳香のある白い花をつけます。球形の実は初めは緑色で、熟すと黄色になります。実には配糖体やアルカロイドを含み、生薬として健胃、去痰、発汗、利尿などの作用があります。温州ミカンの台木として広く利用され、一部では垣根に使用されます。外に刺のあるものとしては、サルトリイバラ(ゆり科)があります。

155 ミツマタ [万葉名:さきくさ(じんちょうげ科)]

春さればまずさきくさの幸くあらば 後にも逢はむな恋いそ吾妹

柿本人麿歌集 巻十-1895

春になるとまっ先に咲くさきくさの名のように幸く無事であったなら、せめて後にでも会うことができましょう。そのなに恋こがれないでおくれいとしい人よ。

さきくさには十種以上の説がありますが、有力なものとしてはヤマユリとミツマタであります。ヤマユリは夏の花で歌の意味に合いません。ミツマタは歌によく合致しますが、本来日本には野生がなく中国から渡来したもので、万葉時代に存在していたかは問題です。
ミツマタは中国西部原産の落葉低木で日本には古くから渡来していました。枝が三つに分かれ、十二月頃から蕾が生じ、三月頃薄い黄色の花をつけます。茎のじん皮組織がよく発達し、優良な和紙の原材料となり、紙幣や証紙などに利用されています。材からは画用木炭を作ります。葉、実を食べると中毒を起こします。

166 ヤブツバキ [万葉名:つばき(つばき科)]

巨勢山のつらつらつばきつらつらに 見つつ偲はな巨勢の春野を

坂門人足 巻一-54

巨勢山のつらつらつばきを、つくづく眺めながら巨勢の春野を思い出していましょう。

大宝元年(七〇一年)九月、持統上皇の紀伊行幸に従った人足の歌です。巨勢山は奈良県御所市付近の山、つらつら椿は花が連なっていて咲いている花の様子、あるいは並べ植えられた椿と考えられています。
ツバキ類は観賞用の花木として我が国及び諸外国で栽培され、種類も多く変種を含めると千種に余り、園芸種は一万を数えます。材は器具材、漆器木地、楽器、版木、彫刻等に用いられ、木炭はまき絵金箔細工の研磨用に、葉は土器磨きに、灰は紫染の媒染剤に、生葉の搾り汁は蚊帳の染色に用いられます。種からは椿油が採れ、古来食用、灯火、髪油として欠かせなかったようで、搾り粕も洗髪料として用いられます。また古来椿は神聖なものとして用いられていたようです。

177 ヤマブキ [万葉名:やまぶき(ばら科)]

やまぶきの立ちよそひたる山清水 汲みに行かめど道の知らなく

高市皇子 巻二-158

黄色いやまぶきが咲き匂っている山の清水、その清水を汲みに行きたいと思うけど、どう行っていいのか道がわかりません。

天武天皇の十市皇女が亡くなった時、高市皇子が詠んだ歌三首の内一首です。
ヤマブキは特に川沿いの谷などに自生している落葉低木で庭園に古くから植えられていました。四~五月頃、新梢の先に一個づつ黄色の花をつけます。用途は観賞用、髄は顕微鏡用の切片に、花は止血薬に用います。