今回も前回に引き続き、草本植物をご紹介します。
ヒオウギは海抜千メートルぐらいまでの丘陵や産地の日当たりのよい草原などに生える多年草で、町内では楢原山の周辺で見かけます。
ヌバタマはヒオウギの花後にできる黒色の種子を言い、昔は「黒い・暗い・夜」などの枕詞として使われてきました。ヌバタマのヌバは黒色を表す最も古い語であるといわれていますが、この小さい黒い種子を引き合いにして黒色の枕詞として八十首の歌が詠まれているのは万葉集では珍しいことです。
植物としてのヒオウギ(花)やその実(種子)そのものの歌は一首も見られません。
ヌバタマは黒い実を結ぶ植物ですが、黒い実のできる植物はいくつもあるのに、万葉人がヒオウギの黒い種子を選んだ根拠は特定しがたいと思います。万葉研究者の一人は『古くはヒオウギという植物を見て、特にその種子のつややかな色に心をとめていたの違いない。しかし、その後、葉も花もさらにその本体も知らずに「ぬばたま」という枕詞として使っていたことが伺われる』と述べています。枕詞だけが独り歩きした感じで、ヒオウギという植物の存在は認められていません。
居明かして 君をば待たむ ぬばたまの わが黒髪に 霜は降るとも
磐姫皇后(いわのひめおほきさき) 巻二-八九
一夜を寝ずに明かしてあなたをお待ちしましょう。ぬばたまのような私の黒髪に霜が降りましょうとも
該当する植物はジュンサイ、スベリヒユ、ミズハコベ、ネナシカズラ、イ。この中で現在スベリヒユが定説のように言われています。これはスベリヒユのことを鳥取県の方言で、いはいづるということに始まっています。五種の植物とも「ぬるぬる」という歌の語には通じますが、ジュンサイには「ぬはな」としての出番もあるので、スベリヒユを取り上げました。
スベリヒユは日本各地の畑や路傍に生え、全体に肉質で無色、畑の雑草として知られています。茎や葉はゆがいてさらせば食用になり、煎じれば利尿に有効です。生のままでは虫さされに効きます。
入間路の 大屋が原の いはゐづら 引かばぬるぬる 吾にな絶えそね
作者不詳 巻十-三三七八
入間の大屋が原のスベリヒユのようにこちらへ引き寄せたら素直に寄って来て、私との仲を絶やさないようにしておくれ。
該当植物はエゴノキ、イワタバコがありますが、エゴノキは「ちさ」で選びたいので、イワタバコを取り上げることにしました。歌の前後が草に寄せて思いを述べる恋の歌になっているのでイワタバコが適当であると見たわけです。
イワタバコは町内の奥地の渓谷の岩上に生える多年草で、夏、紫の花をつけます。若芽を食用、紫は薬用(健胃)になります。
山ちさの 白露重み うらぶれて 心に深く わが恋止まず
作者不詳 巻十一-二四六九
山ぢさの葉に置いた露が重いので、葉が力なくしょげているように、わたしはあの方に逢えないので、しょげかえって心中深くあの方を思っています。