道の辺の 尾花がしたの 思ひ草 今さらさらに 何をか思む
作者不詳 巻十-2270
万葉集中 一首
すすきの中に生えたナンバンギセルは何か物思わしげであるが、わたしは今さら何を思い嘆きましょう。私はあなたをたよりにしているので…」
植物に寄せた恋の歌。三句までは序。ススキなどの根に寄生する葉緑素を欠く一年草。県内でも限られた場所にしかありません。花期は七~九月頃です。
野辺見れば 撫子の花 咲きにけり わが待つ秋は 近づくらしも
作者不詳 巻十-1972
万葉集中 二十六首
野辺を見ると撫子の花が咲いています。私が待ちこがれている秋が近づいたようです」
この歌は「花を詠む」という分類に属した歌群の一首で、ナデシコの花が咲く秋の到来を願っている歌です。集中二十六種ありますが、その半数が大伴家持の歌で、見初めた女性にまず撫子歌を贈っていたようです。
ナデシコの花期は八~九月頃ですが、晩秋の朝夕冷えこんでくる頃に咲く花は色が濃くなって一段ときれいです。
梨(なし)棗(なつめ) 黍(きび)に粟(あは)つぎ 延(は)ふ田葛(くず)の 後(のち)も逢はむと 葵(あふひ)花咲く
作者不詳 巻十六-3834
万葉集中 一首
「梨、棗、黍、粟がつぎつぎと稔るように続いて君に会い、延う葛のように後にも逢うしるしにあふひの花が咲いていますよ」
歌材になりにくい六種の植物を季節順に取り合わせ、掛詞を巧みに詠みこんで思いを表現している歌です。「きみ」は黄実の意で、キビは変名したもので、集中、キミと見える歌はこの一首のみです。
安波(あは)峯(を)ろの峯(を)ろ田(を)に生(お)はる多波美蔓(たはみづら) ひかばぬるぬる 吾(あ)を言(こと)な絶(た)え
作者不詳 巻十-3501
万葉集中 一首
「安波の峰の岡の斜面に作った田に茂っているたはみづらのように、引けば素直に私の方に寄って来て、仲を絶やさないようにしてくれよ」
和名ヒルムシロは蛭蓆(ひるむしろ)で、蛭のいる場所をあらわした意。漢名を眼子菜(がんしさい)といって薬用に。七~八月頃の開花期に根ごと全草をとり、日干しに、また生の全章を魚介類の解毒・二目酔いに、やけどの患部にはるなど。
ヒルムシロは山辺の水田の害草として嫌われていましたが、今はほとんど見つかりません。
醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)つき合(か)てて 鯛願ふ われにな見せそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの)
巻十六-3829
万葉集中 四首
「醤酢のような高価な調味料を使ってのびるを和え物にして、その上鯛がほしいと思っている私に、なぎの吸物のようなまづいものを見せてくれるな」
コナギは古くはセリやハスなどと同様に食用として栽培されていましたが、現在は水田の大害草の一つです。