万葉の森(24) 植物園づくり

1 ヤマアイ(とうだいぐさ科)[万葉名:やまあゐ(山藍)]

・・・大橋(おおはし)の上ゆ 紅(くれない)の 赤(あか)裳(も)裾(すそ)引き 山藍もち 摺(す)れる衣(きぬ)着て・・・(長歌)

高橋虫麿(たかはしのむしまろの)歌集(かしゅう) 巻九-1742
万葉集中 一首

ヤマアイは町内の奥地の山林の下草として群生している多年草で、雌雄異株、地下茎が繰り返し分枝して増えていきます。生の葉をついて砕き、緑色の汁をとり、衣服を染めて山藍摺にしていました。染料色素が葉緑素なので色が淡く、中国南部からタデアイが入ってくると、ヤマアイよりもずっと色が濃いのでこれが用いられるようになりました。(万葉の森に両者を植えています。)

78 シュンラン(ラン科)[万葉名:らに(蘭)]

時に、初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)く。梅は鏡前の粉(ふん)を開き、蘭は佩後(はいご)の香を薫(くん)ず。

巻五-梅花歌序-815
万葉集中 二文

これは天平二年(七三〇)正月十三日、大宰師(だざいのそつ)大伴旅人の官邸に筑前守山上億良以下の宮人が集まり梅花の歌三十二言を詠じたその時の序文の冒頭で、作者は大伴旅人か山上億良とも言われますが確定はできていません。
蘭がなんという植物であるかについても諸説がありますが、梅と同じ時期に咲く香気のある野生ランとすればシュンランが妥当であると思われます。
ジジババとも言われ子どものころ親しんできたシュンランも少なくなりました。

112 ニラ(ゆり科)[万葉名:くくみら(久君美良)]

佐波都久(さはつく)の 岡のくくみら われ摘めど 籠(こ)にも満たなふ 夫(せ)なと摘まさね

作者不詳(東歌)巻十四-3444
万葉集中 一首

佐波都久の岡がどこにあるか特定されていませんが、常陸国(茨城県の大部分)だという説があります。歌の四句までは一人の里の女が、くくみらを摘みながら独り言のように言った言葉、五句はそれを傍にいた女が答えるように言った言葉で、問答が一首の歌となっています。
ニラは古代からの日本の野菜で、初め頃は自生のものを摘んでいたと思われますが、次第に栽培されるようになったと考えられます。

121 ノキシノブ(うらぼし科)[万葉名:しだくさ(子太草)]

わが屋戸(やど)の 軒の子太草 生(お)ひたれど 恋忘れ草 見れど生(お)ひなく

作者不詳 巻十一-2475
万葉集中 二首

歌意は、私の家の軒にはしだくさは生えたが、恋の苦しさを忘れるという恋忘れ草はまだ生えていない。恋に苦しむ男の自嘲の歌かと思われます。恋忘れ草はヤブカンゾウのことで、石や水に着生して勢いよく増えていくノキシノブと限られた場所にしか育たないヤブカンゾウを対立させて恋の苦しみは忘れないと言っているのは巧みな表現であると思います。

122 ノビル(ユリ科)[万葉名:ひる(蒜)]

醤酢(ひしはす)に 蒜搗(ひるつ)き合(か)てて 鯛(たい)願ふ 吾にな見えそ 水葱(なぎ)の羹(あつもの)

長忌寸意吉麿(ながのいみきおきまろ) 巻十六-3829
万葉集中 一首

蒜はネギ、ノビルなどの古名、ノビルは野生のひるという意味で、全国の山野、堤の土手などに生える多年草。葉や鱗茎は食用にします。毒虫に刺された時など鱗茎をすりつぶしてつけます。打撲傷にはこれをおろし小麦粉と練り合わせて用います。