葦辺(あしべ)なる 荻の葉さやぎ 秋風の 吹き来るなへに 雁嗚き渡る
作者不詳 巻十-2134
万葉集中 三首
「葦のほとりの荻の葉がざわめき、秋風が吹いて来るとともに雁が鳴いて渡っていく」
オギは河岸や湿地に生える多年草です。小穂には芒(のぎ)がなく、小穂の付け根には小穂の三倍以上の長さの銀白色の毛があり、ふさふさとしてイネ科の植物では美しいものの一つです。乾燥地の好きなススキの花穂は褐色です。
萩(はぎ)は禾偏(のぎへん)、荻(おぎ)は犭偏(けものへん)。秋の初め咲く萩、秋の終わりの荻などと言われて耳に残っています。葦や蒲(がま)は冬枯れするが荻の茎は生きているので、昔から屋根を茸くのに使われていました。
万葉の森づくりを始めるまではオギが目につきませんでしたが、蒼社川の鴨部橋の上下の河原にいっぱい生えていることが分かりました。ヨシ、ススキ、セイタカアワダチソウとオギが競り合うように生えていますが、それぞれに群落をつくって住み分けをしているようです。その中でオギがニメートル前後で一番丈が高く、根元から一メートル位までは光沢のある茎が取れるので細工物作りが楽しめそうです。
セイタカアワダチソウは北アメリカ原産の帰化植物ですが、オギは日本の在来種で北アメリカに帰化植物として進出しているので皮肉なものです。
この雪の 消残(けのこ)る時に いざ行かな 山橘の 実の照るも見む
大伴家持 巻十九-4226
万葉集中 五首
「この雪がまだ消え残っているうちに、さあ、行きましょう。山橘の紅色の実が雪に映えているようすを見ましょう」
やまたちばなはヤブコウジの古名。藪柑子(やぶこうじ)は山林の陰地に自生する常緑の小低木で、地下茎と実で繁殖、冬でも枯れないので、古来縁起物として福寿草などと合わせて鉢に植え、正月の飾りに、根は「紫金牛(しきんぎゅう)」といい、解熱、利尿など薬用に、万葉人は髪飾りに使っていたようです。
これによく似た植物にツルコウジがありますが、茎が褐色の軟毛におおわれ、茎の下部は地上をはっているので見分けがつきます。ヤブコウジは町内でよく見かけますが、ツルコウジは限られた場所にしかなく、私が以前に見かけたのは今治市五十嵐の伊加奈志神社の境内でした。
わが屋前(やど)の 花橘の 何時(いつ)しかも 珠(たま)に貫(ぬ)くべく その実なりなむ
大伴家持 巻八-1478
万葉集中 三十三首
「私の家の花橘は、いつになれば糸を通すように、その実になるであろうかなァ」
花橘とは花が咲く状態の橘で、この歌では花橘の実を玉に貫くといっているが、実が熟すのは秋で、季節が合いません。ただ恋が実るのを願っただけなのかと思われます。マンリョウの開花は七月頃、小さな赤い実が葉の下に房状にできるのは十一月頃です。
万葉集には詠まれていませんが、センリョウ(千両)、カラタチバナ(百両)、ヤブコウジ(十両)、マンリョウ(万両)は括弧(かっこ)内の別名で呼ばれ、縁起物として栽培されています。この四種の実は普通は赤色ですが、シロミヤブコウジ、キミノマンリョウ、キミノセンリョウなどのように実が白熟、黄熟するのもあって楽しい植物です。万葉の森でもこの四種を一箇所に「教材植物」として植えています。マンリョウの実は遅くまで残りますが、千両、百両の実は色がつくとメジロやヒヨドリなどに食ベられてしまいます。万両、十両はどこにでもありますが、百両、千両は自生は少ないので実生で苗を育てています。三年もすれば実ができるので楽しめます。
※教材植物とは聞きなれない用語ですが、学校などで学習に使う植物のことです。万葉の森に万葉植物以外の植物も教材植物として植え込み、子どもたちの学習に役立つような森にしたいと思っています。