あかねさす 紫野(むらさきの)行(ゆ)き 標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや 君が袖振る
額田王(ぬかたのおほきみ) 巻一-20
万葉集中 二十一首
あかねさすは紫にかかる枕詞。
「紫を栽培している御料地をあちこちしていると、この紫野の番人があなたが袖を振っているのを見るではありませんか」とたしなめた歌でしょう。
アカネはつる性の多年草で、町内にも自生しています。根を乾燥して緋色の染料や薬用として止血、利尿、解熱、強壮などに古くから用いられています。
霍公鳥(ほととぎす) 待てど来鳴(きな)かず菖蒲草 玉(たま)に貫(ぬ)く日を いまだ遠(とほ)みか
大伴家持(おほとものやかもち) 巻八-1490
万葉集中 十二首
[ほととぎすを待っているのにいまだ来て鳴かない。菖蒲草を玉として緒に通す日がまだ遠いからかなあ」
万葉に詠まれたアヤメグサは文字どおり菖蒲で、美しい花が咲くハナショウではありません。ショウブのみずみずしさ、香気の強い植物の威力をかりて昔からいろいろな行事が行われていたことが思い出されます。
上毛(かみつけ)野 伊奈良(いなら)の沼の 大藺草(おほいぐさ) 外(よそ)に見しよは 今こそまされ
柿本人麻呂歌集 巻一-3417
万葉集中 一首
「伊奈良の沼に生えている太藺(ふとい)のように、刈りに行かず、外ながら見ていた時よりも逢った後の方が恋しさがつのります」
フトイは多年草の水草で、池沼中に群生しますが庭池などにも栽培されています。観賞用のほか花筵(むしろ)の材料にも使われていました。
蘆垣(あしかき)の 中の似児草(にこぐさ) にこよかに われと笑(え)まして 人に知らゆな
作者不詳 巻十一-2762
万葉集中 四首
「あなたは盧垣の中のにこぐさのように、にこにこと私と顔を見合わせて笑っていますが、二人の関係を人に知られないようにしてくださいよ。」
ニコグサとは柔らかい草の意で、現在はハコネシダとされていますが、アマドコロ、オキナグサの説もあります。オキナグサは万葉名ねっこぐさで取りあげていますので、筆者宅で鉢植え栽培をしているハコネシダにしました。万葉の森でのハコネシダ栽培は無理な ことが予想されるので、アマドコロを植えようと思っています。
をみなえし 佐紀沢(さきさは)に生(お)ふる 花勝見 かつても知らぬ 恋もするかも
中臣女郎(なかとみのいらつめ) 巻四-675
万葉集中 二十四首
をみなへしは佐紀にかかる枕詞。 「佐紀沢に生い茂る花かつみではないが、かつて一度も知らない激しい恋をしているところです。」
該当する植物はヒメシャガ、マコモ、ハナショウブ、アヤメ、カタバミ、ノハナショウブ、デンジソウ、アシの花などがあり、決めかねています。万葉の森には数種類を植えるつもりですが、絶滅寸前と言われるデンジソウ(鉢栽培)を取りあげてみました。