万葉の森(7) 植物園づくり

60 ケヤキ [万葉名:つき(にれ科)]

早来ても見てましものを山背の 高のつき群散りにけるかも

高市黒人 巻三-277

早く来て見ればよかったのに、この山城の国の多賀のもみじしたけやき、このけやき林はもうすっかり散ってしまっています。

この歌は、高市黒人(持統・文武朝の宮廷歌人)が京都府井手町多賀地域を旅した時の歌です。
つきはケヤキの古名で。渓谷を好む落葉大高木です。関東地方の屋敷林として、また落葉性・日陰性を利用して街路樹材等の都市環境の中に、材は我が国の広葉樹材のうち最も重要な良材の一つで、建築材(特に神社、仏閣)、船舶材(和船の竜骨材)、家具、漆器木地、彫刻材、太鼓・三味線・琵琶の材、腹材等に用いられています。

31 エゴノキ[万葉名:ちさ(えごのき科)]

・・・世の人の立つる言立 ちさの花咲ける盛りに はしきよしその妻の児と・・・

大伴家持 巻十八-4106

世の人が言い立てるうわさでは、ちさの花が咲いている盛りに、いとしくかわいいその妻と・・・

この歌は天宝勝宝元年(七四九年)、越中守家持が部下を教えさとした長歌です。
ちさの名をもつ植物は、野菜のちさ(現在のレタス)、むらさき科のチシャノキ(カキノキダマシ)、エゴノキの三種がありますが、エゴノキ説が有力です。
エゴノキは方言でチョウメンとも言われ、落葉小高木で五~六月頃に白色五弁の目立つ美しい花をつけます。材はちみつで割れにくいので和傘の先のろくろ、ソロバン玉、つまようじ、将棋駒、木ぐし等に、果皮は有毒、種子にはサポニンがあるので洗濯に、また緑化木に、最近ではコケシ用材として用いられています。

107 ナツツバキ[万葉名:さら双樹(つばき科)]

・・・玉体を方丈に疾ましめ、 釈迦能仁は金容を 双樹にかくしたまへり

山上億良 巻五-詩序

巻五の巻末近くに億良(奈良朝前期の宮廷歌人、渡来人の子)の俗道仮合詩という漢文があります。その文中に前記のさらが登場しています。
文中の釈迦には、晩年入滅した場所の四方にシャラノキが二本ずつ植えられ、死を迎えようとするとき、この木全体が白鶴のごとく真っ白に色を変じたという故事があります。このインドのシャラノキ(さら双樹)はふたばがき科の常緑樹で、高さ三十メートルにも達する高木です。日本でいうさらはつばき科の落葉樹でインドのものとは別のものです。さらと同様に原物と異なったものにボダイジュ(しなのき科)があり、正しくはくわ科の植物です。
ナツツバキがなぜ我が国でさらの木と間違えられたかについてははっきりしませんが、ナツツバキの真夏に白く咲き出てはすぐに散っていく清楚ではかない花の姿、つるつるした独特の樹肌など、釈尊入滅に際して白鶴のごとく色を変えたという霊樹のイメージに何ほどか通じるものがあるかもしれません。昔から好んで寺院に植えられています。
ナツツバキは本州、四国、九州の深山に生育する落葉小高木で、夏にツバキに似た大きな白い花が朝早く咲いて夕方にはそのままポトリと落ちる一日花です。樹皮は灰褐色で薄片になってはがれ、あとが灰白色または灰褐色のまだらになり滑らかになります。用途は皮付きの床柱、器具材、彫刻などで庭園樹として珍重されます。