万葉の森(10) 植物園づくり

87 スダジイ[万葉名:しひ(ぶな科)]

家にあれば笥に盛る飯を草まくら 旅にしあればしひの葉に盛る

有間皇子 巻ニ-42

家にいる時はいつも立派な器物に盛ってお供えする飯なのに、その飯を今旅の身である私はしひの葉に盛ります。

孝徳天皇の有間皇子が斉明四年(六五八年)十一月謀反のかどで捕らえられ紀州に送られるとき、磐代(和歌山県南部町岩代)で詠んだ歌です。
しひはスダジイ、ツブラジイと見ずに、ナラガシワであるとする異説もありますが、ここではスダジイを取り上げました。
スダジイはツブラジイより葉が大きく、樹皮に縦の割れ目ができる等で区別できる常緑高木です。用途は、パルプ用材、フローリング、家具材、シイタケのほだ木等に利用されます。樹皮はタンニンを含み、魚網染料に使用され、外に実は食用になります。

133 ヒノキ[万葉名:ひ(ひのき科)]

鳴る神の音のみ聞きし巻向の ひ原の山を今日見つるかも

柿本人麿歌集 巻七-1092

うわさにだけ聞いていた巻向山のひのきの林、その山を今日この目ではっきり見ました。

巻向山は奈良県桜井市の北三輪山の東北部にある五六七メートルの山、この周辺にはヒノキの見事な林がありました。昔からヒノキは火の出やすいことで知られており、ヒノキのウスでウツギ、ヤマビワをキネとして火を得ていました。ヒノキの語源ひは火の木からでなく最高のものを表す日、不思議な力を意味する霊(ひ)からきているのでばないかという説が有力です。
用途としては建築材、家具材、彫刻材(東大寺の仁王像など)等として多方面に利用され、樹皮は屋根葺用(檜皮葺)に用いられます。神社、寺等の建築には鎌倉時代(一二〇〇年)以前はヒノキだけが用いられており、今でも伊勢神宮はヒノキで建て替えられています。

139 フジ[万葉名:ふぢ(まめ科)]

ふぢ浪の花は盛りになりにけり 奈良の都を思ほすや君

大伴四綱 巻三-330

この大宰府ではふじの花がまっ盛りになりました。奈良の都、あの都をなつかしく思われますか、あなた様も。

防人司次官の四綱が長官旅人に問いかけるかたちで詠んだ歌です。万葉集にはフヂを詠んだ歌が二十六首あり、大部分が花を詠んだ歌です。フジの仲間には茎が左に巻くフジと右に巻くヤマフジがあります。フジからは多くの品種が育成されています、用途としては鑑賞用の外に茎は藤蔓細工に、外皮は藤布として古くから使用されていましたが、現在では一部で作られているだけです。繊維が強く縄にも使用します。若葉はゆでて食用にします。

173 ヤマツツジ[万葉名:つつじ(つつじ科)]

水伝ふ磯の浦みの石つつじ もく咲く道をまたも見むかも

日並皇子宮舎人 巻ニ-185

水に沿っている石組の辺の岩つつじ、そのいっぱい咲いている道を再び見ることがありましょうか。

この歌は日並皇子(天武天皇の皇太子草壁皇子)の島の宮付の役の人が皇子が薨ぜられ、嘆き悲しみ作った歌二十三種のうちの一首です。
岩場に生えるつつじにはヤマツツジ、サツキツツジ、モチツツジがありますが、ここではヤマツツジを取り上げました。ヤマツツジは高さ一~三メートルの半常緑の低木で、四~五月頃枝先に赤い径四~五cmの花が二~三個ずつ咲きます。ツツジ類の用途は床柱・挽物・傘の柄・箸に、また秋田黄八丈は樹皮の煎汁を用います。