万葉の森(13) 植物園づくり

6 アカメガシワ [万葉名:あからがしは(とうだいぐさ科)]

いなみ野のあからがしはは時あれど 君をわが思ふ時は実無し

安宿王 巻二十-4301

いなみ野の赤ら柏は、赤らむ季節が定まっておりますが、大君を思う私の気持ちには、いついつと定まった時などまったくありません。

天平勝宝六年(七五四年)正月に孝謙女帝、聖武上皇、光明皇太后が正月の宴を催された時、播磨守安宿王(長屋王の子)が奏上した歌です。
いなみ野は兵庫県稲美町。赤ら柏は、一般にブナ科のカシワとされていますが、カシワには赤みを帯びた種類もないし、また新葉が赤みを帯びることはありません。丘陵地帯に自生し、一時的に葉が赤くなるものとしてはアカメガシワがあります。
アカメガシワは落葉高木で幼芽と新葉は鮮紅色でこの木の名称となっています。普通方言でかしわと言われ、幹にはよくコウモリガ類の加害が見られます。夏樹皮を日干ししたものは胃病に煎服し、葉には消炎作用があり腫物の薬に、葉・樹皮の煎汁は赤色の染料に、材は床柱に、また幹はキクラゲ栽培に用いられています。

74 シキミ [万葉名:しきみ(しきみ科)]

奥山のしきみが花の名のごとや しくしく君に恋ひ渡りなむ

大原今城 巻二十-4476

奥山に咲くしきみの花のその名のように、次から次へとしきりに我が君のお顔が見たいと思いつづけることでしょう私は。

天平勝宝八年(七五六年)十一月、大伴池主(式部省の役人)の家での宴会で大原今城(兵部省の役人)が詠んだ歌です。
シキミは耐陰性がある常緑の小高木で四月頃淡黄白色の花が咲きます。寺院や墓地などによく植えられています。材は器具などに、枝葉は仏前の供花に、葉・実は抹香・線香の香料に、また葉や実には有毒成分が含まれていて浸出液は殺虫剤になります。

84 スギ [万葉名:すぎ(すぎ科)]

古の人の植ゑけむすぎが枝に 霞たなびく春は来ぬらし

柿本人麿歌集 巻十-1814

昔の人が植えたという杉の枝に霞がたなびいている、春がきたらしい。

スギの名は直木(スクキ)幹が真っ直ぐに上に延びる木の意味説が有力です。
スギは、古くから有用材として各地に植えられていました。酒造店では新酒の出回った印によく葉を球状にまとめて店先に吊るすが、酒樽にはかつてはスギ材が多く使われていました。材は建築、家具、樽、彫刻、楽器等として用途は広く、樹皮は屋根葺き用に、葉は粉にして線香や抹香の原料に、心材や樹皮のエキスは染料に、材の油には抗菌性物質が、樹皮には抗ガン作用もあるとか言われています。また花粉が花粉症の原因として嫌われています。

100 ツガ [万葉名:つが(まつ科)]

・・・橿原の日知の御代ゆ生れましし神のことごとつがの木のいやつぎつぎに・・・

柿本人麿 巻一-29

・・・橿原の聖天子、神武天皇の御代以来お生まれになった天皇がつぎつぎに・・・

人麿は持統、文武時代の宮廷歌人で約九十首の歌を残しています。この歌は人麿が近江の志賀の都の荒れ果てた跡を見て詠んだ長歌です。
ツガの枝の上側につく葉は短く横に出るものは長く長短それぞれ一対に組み合わされ、ほぼ二列に並んでいるように見られるので「つがふ木」から「つがの木」の名が起こったのではないかという説があります。つがを詠んだ歌が五首ありみな長歌で、そのうち四首までが、つがが「いやつぎつぎ」の枕詞として用いられています。
ツガは古代からトガと混用されていて、今でもトガという所があります。耐陰性が強く相当の陰でも生育します。高木で材は建築材、パルプ材、電柱、枕木等に、樹皮からはタンニンがとれます。